母乳が出ない体験談まとめ!月齢別の原因から見えた解消法

母乳育児をしたいのに出産後「母乳が出ない」そんな経験をしたママのリアルな声を集めました。体験談から分かった母乳不足になる原因と対策・解消法とは?混合栄養から完全母乳に成功したママの解決策も紹介しています。最初は母乳が出なくても大丈夫!ひとりで悩まないで!

34週で生まれた赤ちゃんは吸う力がなくママの母乳も出ない…

 

年齢:34歳、子供:2人目、産後:0ヶ月の体験談です。

 

つい最近、三ヶ月になった子供がいます。
一人目の時とは全然違い、30週あたりから切迫早産で入院をしていました。

 
結局34週で破水してしまい、2時間ででてきてしまいました。入院中だったのですぐに処置ができたので、今思えば入院していてよかったなと思います。

 

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34週目ででてきたので、赤ちゃんはNICUに入りました。
小さすぎて直接口から母乳を吸うことができず、鼻から管を通して飲ませる形でした。 


助産師さんが言うには、まだ身体の中で母乳の準備ができていないので、全然母乳出ない感じでした。

 
直接吸わせることができないのでその時は少し悲しい気持ちになりました。
病院で赤ちゃんが吸っているような感覚で出来る搾乳器を借りて、3時間おきにそれで搾ったり、マッサージなどしておっぱいを刺激していました。

 
まわりのお母さん達は赤ちゃんがもうそばにいて、母乳をあげたりしているのを見ていると、うらやましい気持ちにもなりました。

 
私は3時間おきに刺激をしたりしていたら、少しだけ母乳が出るようになりました。
それでもピューっと出るのではなく、ぽたぽたとたれる感じでした。

 
それでも最初の母乳は栄養があると聞いていたので、すぐにNICUに入っている我が子に届けに行きました。

 
わずかな母乳を鼻の管を通してお腹に入っていく姿を見てたら、もっと母乳が出るように頑張ろうという気持ちになりました。

 

 

搾乳器で頑張るも食事がとれず母乳も出ない…腸閉塞で入院することに

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中々母乳がうまく出ないので、入院中に病院で借りていた「メデラ」という搾乳器を家でもレンタルして、3時間おきに搾乳していました。

 

レンタル料が2カ月で三万円近くの料金でびっくりしましたが、早産で産まれてきた我が子の為に頑張って出そうと思い、思い切ってレンタルしました。

 
赤ちゃんはまだNICUで入院中だったので、搾った母乳を冷凍して、毎日毎日病院に届けに行きました。最初の時よりも少しだけ多く取れるようになってきている時でした。

 
電気で動く機械の搾乳器だったので、3時間以上外出するときは、搾乳器を持っていくわけにはいかなかったので、トイレに入りタオルにしみこませて手でマッサージしながら搾ってみたりしていました。


搾乳器で搾るよりも、手で搾るほうが痛くて大変でした。
最初はぽたぽたと出るだけで、まともに母乳が出ませんでしたが、少しだけ開通するようになりました。

 
退院して3日後には、2、3本開通するようになりました。しかし、切迫早産で入院生活をずっとしていて、30週あたりから、産んでからもずっと食欲が無くてあまり食事を取れていませんでした。旦那や母に顔がガイコツみたいに、こけてるし足もガリガリで大丈夫?と心配されていました。

 
そのせいで母乳もあまり出ないのではないかと思い、頑張ってなるべく食事も沢山取るようにしましたが、いきなり食べたせいで吐いてしまったときもありました。
それがきっかけで食べたらもどしてしまうようになり、最終的には、水分しか取れなくなってしまいました。

 
その時は長い入院生活で、まだ身体も本調子ではないのだなと思い、引き続き母乳を出すためにマッサージや搾乳器で搾ったりしていましたが、夜中も吐きけが治まらず旦那に病院に連れて行かれました。


病院で症状を説明したら、お腹のレントゲンをとりました。
結果はなんと腸閉塞という病気でした。
治療法は絶食生活に点滴治療で入院になりますという結果でした。

 
切迫早産や出産で2カ月近く入院生活でやっと退院できて、ようやく外の空気が吸えたり病院のやっこいご飯ではなくて、美味しいご飯が食べれると思っていた所だったのに残念でした。

 
退院の見込みがわからず、点滴治療が続き切迫早産で入院中も点滴生活だったので両腕が点滴の後でかなり青ざめていました。
こんな状況だったので、母乳どころではなく、薬も飲んでいたので母乳も飲ませることができなくなってしまいました。


結局、腸閉塞は1週間くらいで退院できて、退院後は薬を飲んだりしていましたが、退院したらもう母乳のほうは諦めてしまいました。
諦めずに、再開していれば今頃は母乳で育てられていたのかなと少し後悔しています。